「イースト・アイズ(後)」

夏が過ぎても彼女は職場を辞めなかった。
聞けば心変わりした男の提案で結婚そのものが流れたのだという。
彼女は特に悲惨になる事もなく、ただ空っぽになっていた。
これまで順当に階段を昇り続けていた彼女が一瞬にして地に堕ちた様は、
異様とも言うべき静かで恐ろしい迫力に満ちていた。
 
彼女は一つ、また一つと私に悩みを打ち明けるようになった。
最初は子供が嫌いなのに仕方なく幼稚園に入った事、
いつしか触れ合う度に子供たちの事を好きになっていた事。
結婚したら何があっても夫を支えていこうと心に誓っていた事。
そしてひと月が経つ頃、彼女は私の部屋に身を寄せるようになっていた。
今、思えば私は彼女にとって打ってつけの迷路だったのかもしれない。
迷路とは前に進んでいる間はひとときの安堵に救われるものだ。
そして私は彼女が壁にぶつかりそうになる度に道を開いてゆく。
だが、そこに決して出口はない。
 
夙川を去ったあの日、瞳は「この街できっと幸せになるから」と笑っていた。
だが今日、こうして便りが来るという事は、
彼女はかつて自分が歩んだ幸福の道を今も探しているのだ。
最後の輝きを放つ夙川を背に微笑む彼女の姿が忘れられない。

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