「イーストロード・メモリアル」
2013年2月26日 時の小説・2012~2007-2009
1【East Prologue】:世界のゴミ箱
2【East Hate】:傲慢な女(1)
3【East Girl】:ヒロイン登場
4【East Shrine】:神たる存在
5【East Horror】:手相を見せて下さい
6【East Memorizen】:頭脳腐敗
7【East Boy】:エリート高倉
8【East Scene】:会合
9【East Wave】:渋谷の少年
10【East River】:川を駆ける
0【East From West】:上京
11【East Tear】:ミミについて
12【East Promise】:面影屋珈琲店
13【East Noise】:左耳
14【East Mark】:「?」
15【East Eyes 1】:普通という事象
16【East Eyes 2】:ひとみ
17【East Ghost】:和室に見た亡霊
18【East Song】:水の旅人よ
19【East Suicide 1】:ナルシス
20【East Suicide 2】:死とは
21【East Fate】:神々のゲーム
22【East Run】:闇は光を暴く
23【East Move 1】:逃避
24【East Call】:傲慢な女(2)
25【East Move 2】:鍵
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Main Characters
Ⅰ、Tsuyoshi Tokitoh(26) 主人公、神経質
Ⅱ,Syo Takakura(26) 友人、キレ者
Ⅲ,Miho Kobayashi(21) 恋人、ねだり上手
Ⅳ,Rika Satoh(28) 元恋人、傲慢
Ⅴ,Hitomi Shinomiya(29) 元恋人、穏和
Ⅵ,Sawako Okuda(29) 愛人、冷淡
――――――――――
2012
26【East Rain】:外は雨だった
27【East Look】:心の幸福
28【East Record About Death 1】:樹の家
29【East Record About Death 2】:異状
30【East Record About Death 3】:涙
31【East Sunflower】:ラスト・レター
32【East Another River】:本当は皆
33【East GIRL】:鏡
34【East Labyrinth】:迷宮
35【East Ask】:花の刃
36【East Affair】:秘密のデート
37【East Doubt】:不信
38【East Typhoon】:致命傷
39【East Loneliness】:奈落へ
40【East Friend】:友人S
41【East Divorce】:裏切り
42【East Marriage】:自分に負けた
43【East Zoo】:猿、以下
-1【West Road】:ヤング・デイズ
44【East Break】:ふいに出た一言
45【East Ruin】:破滅
46【East Horse】:“祈り”
47【East Diary】:メモ
48【East Funeral】:己の最期
49【East End】:生きる
50【East Promise 2】:面影
長らくのご愛読・・・ありがとうございました。
「イーストロード50(最終話)」
2012年12月30日 時の小説・2012~「イースト・プロミス2」
新宿に出る。
約束があったからだ。
だがもはや無効かもしれぬ約束だった。
JR東口を出て、その場所へと歩みを進める。
「面影屋珈琲店」と書かれた看板の店の中に入る。
一階は喫煙席、地下一階が禁煙席だった。
煙草は吸わないが、隣席との距離があるので一階の席を探す。
そう、あの日と、一年前と同じように。
そしてあの時と同じ席に座る。
少し沈黙が続いたその後に私は、
「・・・悪かった」
と言った。
すると、
「まさか、まだあのボロアパートに住んでるの?」
と笑いながら美穂が聞いた。
「イーストロード49」
2012年12月17日 時の小説・2012~「イースト・エンド」
人間とは何か。
星の中で傑出した知能を持った動物。
その知能で他の生物すべてを掌握した動物。
地球を破壊する動物、地球を守ろうとする動物・・・。
人生とは何か。
幸福を追い続ける事、孤独に追われる事。
違う。
ただ生きる事なのだ、目的など無い。
そして放棄する権利もある、つまり、死なない事。
今日もただ生きている。
希望という残酷な光を信じ。
愛情という凶暴な絆を手に。
これからもただ、生きていく。
「イーストロード48」
2012年12月12日 時の小説・2012~「イースト・フューネラル」
祖母が死んだ。
祖母は権力者だった。
その恐ろしいほどの直情的な独占欲は、ありとあらゆる者たちを遠ざけた。
それは友人はおろか、子供、孫たちもだった。
そして最後に一人だけ残ったのが私だった。
私は祖母の他人への恨み辛みをいつも黙って聞くフリをして、可愛がられていた。
祖母が息を引き取る直前、
息子たちが交わしていた会話の話題は葬儀の段取りだった。
私の目には、
祖母の心臓はその会話を聞いた事によって止まったようにしか見えなかった。
葬儀では何人かの親族が涙を流していた。
だが私の目には、
その涙は悲しみではなく悲しげな空気によって造り出されたようにしか見えなかった。
この罪深い者どもの偽りの涙だけが、淡々と進む葬儀を静かに彩っていく。
だがこれも、祖母自身が作り出した「結末」なのかもしれない。
「イーストロード47」
2012年12月11日 時の小説・2012~「イースト・ホース」
東京競馬場に行く。
誘ってきたのは高倉だった。
退職して以来、ずっと部屋にこもっていた私を気晴らしに連れ出してくれたのだ。
その日は土曜で大きなレースは一つもなかった。
だが私はそういう日の競馬場が大好きだった。
なぜなら人がいない。
まだ神戸にいた頃、
同じように彼が私を励ますために阪神競馬場に連れて行ってくれた事を思い出した。
そのときビリーヴという雌馬の圧倒的なスピードに魅了された事を覚えている。
会社を辞め、私の体重は少し減っていたが、それでもまだ高倉の方が心配だった。
彼はつい最近、妻と子を失ったばかりだ。
結局、その女は子供の本当の父親とあっさり結婚してしまったらしい。
ひどい仕打ちを受けたにも関わらず、もう忘れたと彼は言う。
昔から変わっていない、優しさに束縛されたままだ。
そんな女など不幸のドン底に堕ちればいい。
彼の代わりに少し祈った。
ドン底にいる私が祈ったのだから少しは効果があるだろうと思った。
その日の夕飯は牛角で食べた。
昔から競馬に行った時の二人のルールは「勝ったら叙々苑、負けたら牛角」だった。
「イーストロード46」
2012年12月5日 時の小説・2012~「イースト・ダイアリー」
【98年】
眠ったフリをしていても、
俺はいつも目を開けていた。
心の中の炎を見つめていた。
憎悪の光だった。
あの頃、俺は独りで、誰も友達がいなかったから。
【01年】
一族との確執が露呈する。
神戸から逃れる事を決める。
理花が夙川に来ないかと誘ってきた。
嬉しい、理花と一緒に暮らせる事が嬉しかった。
【02年】
体重が激減する。
理花の態度が日増し高圧的になっていく。
今日もやって来た男に、
「私のブレイン」と紹介される。
【04年】
東京へ。
幼き頃から夢見ていた地だったが、
なぜか夙川と瞳のことが頭から離れない。
【05年】
高倉の頼みで西麻布の合コンに参加する。
いつも通り隅っこで酒を飲んでいると、
面白がって話しかけてくる子がいた。
普段は殆ど喋らないが、なぜかその時は話せた。
名は、美穂というらしい。
「イーストロード45」
2012年11月27日 時の小説・2012~「イースト・ルーイン」
会社を辞めた。
クビになったわけではないが、辞めざるを得ない状況になった。
確かに感情的な印象はあったが、
まさか佐和子がこれまでの「関係」を会社にFAXで暴露するとは思わなかった。
FAXに書かれている事はニ割方ウソだったが、八割は本当だった。
上司に呼ばれて尋問を受ける。
佐和子はフリーライターだったが、うちの会社とは切っても切れない人物だった。
「特に社会に反する行為ではないので当人たちで決着をつけろ」
と言われ、社長室を出る。
結果、二週間後に辞表を提出した。
八割方の真実よりニ割のウソによって社内における私の信用は無くなった。
だがウソも真実も、もうどうでもよかった。
全ては身から出た錆だと思った。
佐和子が体以外の何かを求めている事を私は知っていて、知らないふりをした。
そう、あの瞳の時と全く同じように・・・。
ただしばらく寝ようと思った。
何も、考えたくなかった。
「イーストロード44」
2012年11月20日 時の小説・2012~「イースト・ブレイク」
インターフォンが鳴る。
かなり強引にボタンを押しているらしく、音が凶暴に響き渡る。
普段なら宅配以外は居留守を使うのだが、
今度はしぶとくドアを叩き始めたので、ドアスコープから外を見て、扉を開ける。
佐和子だった。
乱暴な呼び出しのわりに無表情で立っていたのでかえって驚いた。
用件は分かっていた、こちらから関係を解消したいと一方的に伝えた事である。
これは直接話すしかないと思って、
「ごめん、もう、会えない。」と言う。
なぜかと聞かれて返答に詰まった。
会えない理由があるというより会う理由がなくなった、といった方が正しい。
何か喋らないと凍りついた空気が今にも爆発しそうな雰囲気だったので、
思わず口をついて出た言葉が、
「前の彼女が忘れられない」
だった。
「イーストロード -(マイナス)1」
2012年11月13日 時の小説・2012~「ウエスト・ロード」
携帯電話の鳴る音が聞こえる。
うるさいなと思って目を覚ますと、机の前に顔を真っ赤にした数学教師が立っている。
「後で職員室に来い」と言われる。
鳴っていたのは自分の携帯電話だった。
浜崎あゆみの歌を単調化したメロディが他の生徒の失笑を誘った。
放課後、テニスコートへ行く。
ラケットを持った高倉がコートから呼んでいる。
職員室に行ったかと聞かれたので、行ったが教師がいないので帰ると言ったら笑われた。
「お前も入れよ、可愛い子多いぞ」とまた誘われる。
クラブに入る気はなかった。
長距離部からの勧誘も受けたが中学時代にもう自分の限界に挑む事にへきえきしていた。
一人の少女がラケットを持って、来る。
高倉の紹介だと三年生の先輩で名を佐藤理花というらしい。
整った顔立ちのわりに眼鏡をかけていて化粧っ気がなく、髪は黒く長かった。
二人で座って少しだけ話をした。
どうやら高倉が相当ちょっかいを出しているらしく、受験生なのに困っていると笑っていた。
その中で私が一番気になったのは彼女の純粋さだった。
綺麗な女生徒によくある、自信のようなものが彼女からは感じられなかった。
まるで、彼女は自分が美しいという事を全く知らないかのように。
「よろしくね、時任くん」
…だが危ない純粋さだなと思った。
「イーストロード43」
2012年11月7日 時の小説・2012~「イースト・マリエイジ」
理花の結婚式に出る。
今日はすでに離婚が成立した高倉と一緒だった。
先日ようやく泥沼の離婚を終えたばかりの男と、かつて夙川で一緒に暮らした男。
果たしてこのコンビが参列してよいものかと思ったが、仕方がない。
理花には友達がいない。
結局、理花は製薬会社に勤める男性と結婚した。
随分ランクを下げたな、と内心思った。
二十代を医者、経営者、弁護士などと浮名を流してきた理花だったが、
最後は四十近くのサラリーマンで決着した。
ただこれまでの男と「軽薄そうで顔がいい」という点だけは共通していたが。
結婚式の規模は驚くほど小さかった。
どう考えても見栄っ張りでハデ婚派な理花だったが、
これだとまるで相手を誰にも知られたくないのではと思えるほど小さかった。
祝いにきた分際で私は内心、彼女を哀れんでいた。
理花は結局、人生において「自分」に負けたのだと思った。
私は見ていた。
彼女が歳を追うごとに「美」に没落していった様を。
そして私は知っていた。
高校時代、彼女が美しい純粋さを持っていた事を。
場所は神戸のとある高校・・・十年前にさかのぼる。
「イーストロード42」
2012年11月4日 時の小説・2012~「イースト・ズー」
佐和子と上野動物園に行く。
いつも通り部屋で手短に用を済ませて帰る予定が、
「今日は一日暇」とうっかり漏らしてしまったため、
「じゃあ動物園に行きたい、行こう」と誘われてしまったのだ。
内心帰りたい気持ちでいっぱいだったが、
仕事上、実質上司である彼女の命令を拒否できなかった。
わりと空いていた。
動物園に来るのは小学生の時、祖父母に連れられて来て以来である。
どの動物を見ても、生気がないなと思った。
弱肉強食のルールから解放するという条件で、
ただ人間の観賞用としてオリの中で生きる事を強要された動物達の楽園。
早足で回っているとサルの雌雄が交尾に及んでいるのを見た。
「やだあ、早く行こう」と佐和子が笑って手を引っ張ったが、
そのとき確信した、あの二匹は俺達の姿そのものを映しているのだと。
ただ繁殖のためだけに感情もなく身体を重ねる動物たち。
いや、繁殖どころか単なる快楽のままに関係を続ける俺達は、あのサル以下なのだ。
そのとき、もう終わりにしようと思った。
「イーストロード41」
2012年10月30日 時の小説・2012~「イースト・ディヴォース」
飯田橋で高倉と会う。
「とにかく来てくれ」と言われたので何事かと思って行くと、
突然「離婚する事になった」と言われる。
顔が青かった。
彼の妻はまだ妊娠中である。
次いで「俺の子じゃなかった」と言われる。
うつむいたまま一文刻みで喋られるので理解するのに手間取った。
端的に言って彼の妻の子は鑑定によって別の男性の子であるのだという。
「どうして今になってそういう話になるんだ」と、
言いたい事は沢山あったが、とりあえず何も聞かなかった。
結局「デキ婚だけはやめよう」という約束を彼は守っていたのだった。
「お互い独り身になった事だし、また合コンで相手探すか。」
と背中を叩いて笑ってやるしかなかった。
「イーストロード40」
2012年10月24日 時の小説・2012~「イースト・フレンド」
コンタクトレンズを家に忘れる。
すでに装着済みだが、明日の分がない。
時刻はすでに夜の十一時だったが、これは電車で帰るしかないと悟る。
バスルームの外に立ち、やはり今日は帰ると大声で伝える。
すると中にいる佐和子が「一緒にお風呂、入ろう」と言う。
無視してカバンに服や髭剃りを詰めている私に、
「保存液買いなさいよ、別に失明するわけじゃないし」
とバスルームから顔をのぞかせて佐和子が言う。
相変わらず冷淡だなと思う。
仕事のつてで知り合った女だが、彼女の心は常に静かな支配欲に満ちている。
「ねえ入ろう」とまた言われる。
もう今日は用を済ませているのに、なぜ入ろうと誘うのかと思った。
無言で携帯電話を確認している私に、
「いつも頻繁にメール見てるけど何で?」「誰かから連絡待ってるの?」
としつこく詮索される。
「仕事」とだけ言って部屋を出る。
「イーストロード39」
2012年10月17日 時の小説・2012~「イースト・ロンリネス」
川へ行く。
一人で水面を眺める。
カモの群れが目の前を泳いでいた。
その後から一匹取り残されたカモが集団を追いかけている。
動物にも寂しいと思う事があるのだろうかと思った。
美穂はあの後すぐに携帯電話を買い替え音信不通になった。
家に一度だけ手紙を送ったが、半年経っても返事はまだ来ない。
独りになった。
寂しいと思った。
寂しさには慣れていたはずだが、
二人でいた時間が長すぎたため、独りがどういうものかまた知る事になった。
寂しい、と思った。
「イーストロード38」
2012年10月10日 時の小説・2012~「イースト・タイフーン」
部屋中の家具が飛ぶ。
美穂が私の家具や小物を手当たり次第投げ始めたのだ。
ただ家具が散乱しても、普段の散らかり様とはあまり変わらなかったが。
「佐藤理花って誰」
美穂は突き止めていた。
実は私の携帯電話は日頃から欠かさずチェックしていたのだという。
あまりにあっさり言われたので正直亜然となった。
どれだけ家具が壊れても、どれだけ謝っても、美穂の激昂は収まらなかったが、
時計が私の頭にぶつかった瞬間、部屋は静まり返った。
出血はなかったが美穂は丁寧に応急処置を済ませると、
静かに、部屋を出て行った。
「イーストロード37」
2012年10月3日 時の小説・2012~「イースト・ダウト」
高倉と代官山で会う。
いつも通り、二人とも約束の時間より遅れた。
去年、結婚式を挙げた高倉だが、式には行かなかった。
当時トラブルの真っ只中だった理花が欠席を表明したため、
高倉が二人以外に知り合いがいない私に参加を遠慮させてくれたのだ。
今日はいわばその埋め合わせの祝いをするために集った。
以前は二人でよくショップを回ったものだったが、この日は軽く食事しただけだった。
今やショップにある服は全てインターネットに掲載されているため、回る必要がないのだ。
何となく、この街もかつての賑わいを失ったように見える。
食事代はおごる予定だったが、先月ようやく就職していた私の祝いも込めて、
この日は割り勘になった。
高倉が結婚した理由は「妊娠」だった。
昔、お互いにそれだけは避けようと笑いながら約束した事があったと私が言うと、
彼は「約束は守っていたんだが」と少し神妙な面持ちで言った。
「イーストロード36」
2012年10月1日 時の小説・2012~「イースト・アフェアー」
理花と青山で食事する。
少し老けたな、と思った。
それでもまだ年齢よりも若く見える。
彼女の口癖は「死んでもババアにはならない」だ。
他人をなぐさめる時に真実ほど邪魔になるものはない。
婚約者が不貞を働いた事を自分のせいだと嘆く彼女に、
ただひたすら「君は悪くない」と繰り返した。
だが本音は違う。
類は友を呼ぶ、人間は付き合っている人間で判断できる。
理花には昔から悪い男をひきつける微香があった。
驚いたのは、まだ結婚しようか迷っていると言われた時だった。
かつて高嶺の花だった頃は今は昔、もう三十に近い理花に言い寄る男は殆どいない。
「結婚するのなら浮気される事を前提でしろ」
という台詞もギリギリ、喉の辺りで止めた。
「イーストロード35」
2012年9月26日 時の小説・2012~「イースト・アスク」
神戸の理花から電話が来る。
「来週、青山へ買い物に行く事にしたが、会えないか」
という事だった。
「会えないが、高倉に案内させようか」と聞くと、
「なら行かない、本当は剛と話したかった」と言われる。
何事にも見栄を張る理花がこうも正直に打ち明けるというのは、
今、相当苦しい立場にいるのだろうと思った。
こちらの会えない理由は美穂だった。
美穂の口癖は「他の女と遊んだら速攻で別れる」である。
悩んだ挙句、理花に「分かった、少しだけなら会える」と返事をした。
彼女には借りがある。
「イーストロード34」
2012年9月23日 時の小説・2012~「イースト・ラビリンス」
美穂と買い物に出る。
ショッピングモールに二人でクリスマスのための食材を買いに来たのだ。
最上階の書店へ行こうとエスカレーターを昇ると、瞬時に美穂が天を仰いだ。
そこにはプレゼントを買いにきた大量の子供たちで混み合っていたのだ。
贈り物をねだる子、それを叱る母親、困惑する父。
そこには一般社会に確立された幸福の図式があった。
だが店内をさまよう父親たちの顔は皆、
まるで戦場から引き上げて標的を失った兵士のように見える。
幸福とは安定した時の中にあると信じられているが、
実際にはもう一つその上を行く、
「何かを追い求める幸福」という侮れない存在がある。
追い求める者は安定を求め、安定の中にいる者は何かを追い求めたがる。
結局、人生とは前に進む事でなく、
迷路をさまよい続けるだけの事なのかもしれない。
「イーストロード33」
2012年9月13日 時の小説・2012~「イースト・ガール2」
美穂が家に来る。
いつもながら、部屋に入ると露骨に嫌そうな顔をする。
部屋が散らかっているからではない。
彼女はこのアパート全体が嫌いなのだ。
古い物件の良さを説明しても、一向に理解しない。
彼女は築十年以内の物件しか物件として認めないらしい。
機嫌を直してもらうため川へ向かう。
この娯楽の少ない町の中で唯一、美穂はこの川だけは気に入っているようだった。
土手に座って、ただ二人で水面を見る。
何か喋ってもいいが、将来の話、人生観の話、テレビの話、
何を喋ってもこの川の前では虚しく響くだけだと思った。
この川は鏡なのだ。
今いる自分たちの有様を精密に映し出し、冷酷に突きつける鏡なのだ。