「イーストロード30」
2012年8月30日 時の小説・2012~「イースト・レコード・アバウト・デス(下)」
轟音と共に目を覚ます。
驚いてベランダに出て下をのぞく。
下階から次々とタンス、机などが庭に放り投げるように出されていく。
引っ越しではない、明らかに雰囲気が違う。
嫌な予感がした。
一階に駆け下りて、呆然と立っている大家にわけを聞く。
嫌な予感がした。
その時の口述をまとめると、
「下階の住人は末期癌を宣告されて故郷に帰った、荷物は全て捨てるらしい」
という事だった。
放心して部屋に戻る。
相変わらず下の部屋からは物凄い騒音が聞こえている。
放心したまま、泣いた。
誰のために泣いたかと言われれば、彼のためだったかもしれない。
でもそれだけではなかった。
なぜあの人なのか。
なぜ、幸福を謳歌し尽くした老人や、
罪悪を悔いず繰り返す若者ではなく、
なぜ一人、草花と共に静かに暮らしていたあの人が死なねばならぬのだと思った。
今まで誰の葬式に出ても泣かなかった。
涙は悲しさの象徴、という定義が嫌いだったからだ。
でもその時は泣いた。
きっと、自分以外は誰も泣かないのではと思ったから、勝手に泣いた。
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