「イースト・ホース」

東京競馬場に行く。
誘ってきたのは高倉だった。
退職して以来、ずっと部屋にこもっていた私を気晴らしに連れ出してくれたのだ。

その日は土曜で大きなレースは一つもなかった。
だが私はそういう日の競馬場が大好きだった。
なぜなら人がいない。
まだ神戸にいた頃、
同じように彼が私を励ますために阪神競馬場に連れて行ってくれた事を思い出した。
そのときビリーヴという雌馬の圧倒的なスピードに魅了された事を覚えている。

会社を辞め、私の体重は少し減っていたが、それでもまだ高倉の方が心配だった。
彼はつい最近、妻と子を失ったばかりだ。
結局、その女は子供の本当の父親とあっさり結婚してしまったらしい。
ひどい仕打ちを受けたにも関わらず、もう忘れたと彼は言う。
昔から変わっていない、優しさに束縛されたままだ。
そんな女など不幸のドン底に堕ちればいい。
彼の代わりに少し祈った。
ドン底にいる私が祈ったのだから少しは効果があるだろうと思った。

その日の夕飯は牛角で食べた。
昔から競馬に行った時の二人のルールは「勝ったら叙々苑、負けたら牛角」だった。

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