2005 - 2006

・日本スケート連盟の資金不正問題が発覚

上役が全員クビ、連盟のどす黒さが露呈した。
そして日本会長(世界フィギュア連盟・副会長)が退いた事で、
世界における日本の権威が消失、
これが後に起こる「ルール暴走」の起点とされている。

・世界ジュニア、「優勝確実」の浅田真央がまさかのミス連発。

初めてライバル、キム・ヨナに敗北を喫する。
これが日韓で大きな注目を集め、特に韓国での注目が異様な熱気を帯び始める。


2006-2007

・浅田真央がアメリカ杯に出場。

フリーで崩れるも、この時のショート「ノクターン」は、
今なお浅田真央・SP最高傑作として語り継がれている。
http://www.youtube.com/watch?v=ZmyUwtmch9w

・グランプリファイナル(ロシア)。

ショートで首位に立った浅田真央がフリーで失敗連発。
その他の日本選手も惨敗、
高橋大輔いわく「ホテルの食事にみんなアタった」。
そしてキム・ヨナがフリーで首位に立ち優勝。
この頃からコアなファンは得点の「異常」に気づき始める。

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